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北京五輪、民族精神のベールに隠されている罪悪 中国同胞に告げる書 中国自由民主党「全国人権擁護暴力反対オンライン」 2007年5月30日 |
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2008年8月8日開催の北京五輪は、カウントダウンの段階に入った。当面、中国共産党(中共)は全力を尽くし、ラスト・スパートをかけていくだろう。五輪のまばゆい輝きの下、中国民衆のナショナリズムの感情は日に日にその激しさを増している。天安門大虐殺事件以来、中共は自らの政権の合法性はすべて失われたことを意識したが、その政権が救われる唯一すがるべくは、ナショナリズムしかない。ナショナリズムを扇動することにより、中共は、人民を蔑ろにする本質、そして人民を虐殺してきた罪過を隠ぺいすることができる。さらに、「安定はすべてだ」との高圧的に掲げる中共の恐ろしい全体主義統治の下でさえも、ナショナリズムは、民衆の気持ちを晴らす唯一のはけ口になる。
民主主義を隠れ蓑にし、中共の既得利益集団は、国際社会から最大の利益を獲得するために、国外に向けて「調和を取れた世界」を唱え、米国、日本などの国に対し、宥和主義の立場を取っているが、国内に対しては、社会の衝突を転化し、専制統治を固めるために、意図的に米国と日本に対する民衆の憎悪を煽っている。台湾については、中共の中国大陸での暴虐の統治の現実を隠すために、台湾独立に反対する口実で、民族統一主義の伝統を大いに宣伝し、経済上の成功と政治上の自由と民主を成し遂げた民主化後の台湾を徹底的に抹殺し、そして悪魔化する。台湾一部の原理主義政治家らと結託し、中共の宣伝は大きな効果を収めた。それにより、天安門虐殺事件の後に教育を受けた若い世代は、中国歴史及び世界の現状を知らず、ナショナリズム宣揚の道具に成り下がり、怒りをぶちまけ暴言を吐く若者になった。
中共は、国外に向けた憎悪を煽動すると同時に、民族の歴史を美化し、かつて中共に徹底的に否定された封建王朝の象徴である秦王朝、漢王朝、唐王朝、清王朝を民族の強大さの象徴とされ、故に秦の始皇帝、漢の武帝、唐明皇、武則天、康煕、などの封建帝王は、中国の映画やテレビドラマの題材としてよく取り上げられるようになった。共産党国家の文人たちは、中共政権の威信や声望を高めようと、古の栄耀を借りて今を粉飾する。中共の多くの官僚たちも衣を改め正装し、孔子や祖先を祭っている。
無論、過去の栄耀だけでは、ナショナリズムを煽動するにはまだ足りないので、今最も効果的なのは、テレビシリーズ「大国の決起」や上海万博、北京五輪というような「我が世の春」を謳歌する出し物だ。この中でも特に「北京五輪」の宣伝勢いは最も目を引く。中共は、北京五輪を民族精神宣揚の重点イベントとして血眼になっている。中共はあらゆる宣伝機関を利用し、五輪を宣伝し、宣伝映画の制作費は、3,500万人民元(およそ1億8千5百万円)を費やした。さまざまな宣伝により、莫大な資金が中国内外でばらまかれ、裕福な欧米でさえも驚かせた。
北京が五輪の開催権を獲得した後、中国は五輪興奮期に入った。中共は、国内のあらゆる深刻な社会問題を顧みず、一生懸命宣伝の道を走って折、すべては五輪のため、すべては五輪を巡って考え、すべては五輪を支援する。五輪は中国でほとんど神話として作られた。まるで、五輪が成功すれば、中国のあらゆる問題がすらすらと解決されるようである。中国もそれから立ち上って、世界の大国となり、もう実力を隠して外に現さず、世界の覇権を狙う野望を隠す必要がないわけである。
このような思惑で、中国は北京五輪のために、莫大な資金を惜しげもなく使い、353億ドルというアテネ五輪の3・1倍の総予算を投入した。その予算は、1976年のモントリオール五輪以来、歴代五輪支出の総額の43・6パーセントを占めた。それと同時に、すでに砂煙だらけの北京を緑にするために、緑化の支出だけでも、千2百億人民元で、そして五輪の飲用水問題を解決するために、南の水を北京へ引こうという壮大な計画まである。中国のような発展途上国が、このような莫大な資金の投入、このような無鉄砲さは、狂った行為としか見なされない。
中国はこの数年にわたり、経済の発展は非常に速かったが、一人当たりの年間収入は、わずか千7百ドルで、GDPが 3、4万ドルの先進国一人当たりの収入に比べれば、遥かに離れている。前回の五輪開催国、欧州連合にある最も貧しい国であるギリシャの1万6千6百ドル以上に比べても、約1万5千ドル少ない。このような経済水準で、世界のあらゆる国を超えて、超レベルの五輪を開催するとなれば、明らかに中国民衆の生活を顧みず、もっぱら大きな事で手柄を立てようとする行為である。それに、千7百ドルの一人当たりの収入は、ただの平均値に過ぎない。大きな貧富の格差の中国において、多くの人たちの年収は、僅か数百ドルである。2006年中国の裕福経済の発展に関する報告によると、中国において、1・35億人の中国人は、まだ1日1ドルの貧困ライン以下の状態に苦しんでいるという。さらに中国には教育を受けられない青少年が5千万人以上いる。中国では、全人口の40パーセントの人々、農村部における60パーセントの人々は、経済的に診療を受けられない。そのほかに、中国の社会保険基金は3百万人未満しか適用されないが、人口の1パーセントしか社会保障を受けられないのである。民族の生存にかかわる環境保護の資金は、半分しかない。前述した統計数値から見れば、中共政権は、北京五輪に莫大な資金を浪費しながら、教育や医療、社会保障、そしてまさに国民の生存を度外視しているという国際社会から見てれば冗談としか思えないことを行っている。しかし、この冗談が実際に重大な犯罪となっている。
中共は五輪の開催権を獲得するために、中国の人権状況を改善し、報道の自由も緩和すると国際社会に約束した。しかし、北京当局が五輪の開催権を獲得した後、中国の人権状況が改善されるわけでもなく、逆に日増しに悪化しつつある。民間の人権擁護運動に対して公然と武装弾圧に乗り出し、当局に批判的な人物に対し常に監視と脅迫を行い、さらに逮捕して投獄し、重刑を下した。陳情者を殴打し追い散らし、そして本籍地に送還する。報道規制と出版審査は、一層厳しくなった。もしも、報道や文章など中共の定めた一線を越えれば、編集長が免職されるか、新聞や雑誌の経営が中止されるか、また執筆者も指名で批判され、攻撃されるという結末になる。インターネットの制御はもっと恐ろしい。数万人のネット警察が昼夜で監視し続けている。数多くのネット作家が捕らわれ、投獄された。中共は五輪のためにイメージアップを図ろうと、調和の取れた華麗な雰囲気を演出するために、北京に滞在する地方の陳情者らを本籍地に送還し、さらに五輪工事のために北京に出稼ぎに来た労働者をすべて追い出す予定だ。それらの労働者は五輪のために大きな貢献をしたが、五輪を見る縁がないだけではなく、さらに追い出される屈辱を受けなければならない。中共当局は、五輪を開催するために、ヒステリックに狂ったように人権を踏みにじる。
五輪開催のために費やされるのは、中国納税者の血税である。中国人民は五輪のために貢献したが、五輪は人民のためではない。開幕式典の入場券の値段は、高いのは5000元、安いのものでも200元する。そんな高値の入場券を買える中国人はどれくらいいるのでしょうか。中国で五輪を開催することを、誇りに思う皆様、あなたたちは幻のような興奮の中、次の問題を考えたことがあるのだろうか。
もし、あなたは1ドル以下の貧困生活を送るなら、あなたは五輪開催を誇りに思えるのだろうか。
もし、あなたの子供が貧困のために学校も行けないとするなら、あなたは五輪開催を誇りに思えるだろうか。
もし、あなたは貧乏のために、病院も行けず、薬も買えないとするなら、あなたは五輪開催を誇りに思えるだろうか。
もし、あなたの命の保障があらず、劣悪な環境の鉱山で作業するなら、あなたは五輪開催を誇りに思えるだろうか。
もし、あなたは給料未払いに抗議しようと、屋上から飛び降りようとしているなら、あなたは五輪開催を誇りに思えるだろうか。
もし、あなた或はあなたの妻が生計を立てるために売春婦として働いているなら、あなたは五輪開催を誇りに思えるだろうか。
もし、あなたはガン多発地域のエイズ村で大勢の人たちが亡くなった悲しい様子を見たなら、あなたは五輪開催を誇りに思えるだろうか。
もし、あなたは五輪の工事のために、自宅が撤去され帰るべき家がなくなったなら、あなたはまだ五輪の開催のために誇りに思えるだろうか。
民族の誉れは決して特権者の飾り物ではない。民族の誉れは必ずその民族の、多数の人たちの共鳴であるはずだ。もし、ある民族の大多数の人々が貧困に苦しんでいるなら、その民族にとって体面というものがあるのだろうか。もし、その民族が、教育と医療の保障さえもないとすれば、その民族にとって幸福というものがあるのだろうか。その民族の人々が真実を言っているのに、刑務所に入らなければならないなら、その民族にとって尊厳というものがあるのだろうか。もし、その民族は自由にものを考えることができないなら、その民族に誇りがあるのだろうか。もし、その民族が自らのリーダーを選ぶことができないなら、その民族にとって誉れがあるのだろうか。今、五輪を開催することは、我々の民族の誉れではなく、我々民族の愚弄された後の恥である。
中共ナショナリズムの看板の下に、北京五輪に対して異見を発する国民はすべて、国家利益を危害し、中国の発展を妨げた理由で、民族の裏切り者や敵とされる。この恐ろしいレッテルによって、中共を非難し続ける異見者と民間組織は、これに対し、沈黙を保つか、民族主義の立場で無原則に中共の五輪開催に従うか、という結果となった。しかし、本当に中国民衆利益のために考える人、本当に中国人民に対して責任を取る団体は、こういった狂った民族主義精神の宣揚のために、北京五輪を支持するはずがない。
ここで、さまざまな方法を利用して、中共政権に次の要求をするよう、我々は全国の同胞に呼びかける。
五輪の前後の間に、必ず中国政府の署名した各国際人権条約を切実に実行すること。
五輪の前後の間に、北京にいる労働者、陳情に北京に来た陳情者、政治異見者、人権擁護者、法輪功学習者、家庭教会メンバーに対し、追い払わず、軟禁せず、拘束してはいけない。
拘禁されている政治犯を拷問にかけてはいけない。彼らに対しての精神的及び肉体的な虐待をやめ、彼らの人権を守ること。
政府に批判的なネット作家や記者、メディアなどへの嫌がらせと迫害をやめ、報道の自由を守ること。
「天安門の母親」(天安門大虐殺で殺された人の母親)たちへの監視をやめ、彼女たちの身の安全と行動の自由を守ること。
あらゆる社会弱層、自然資源、国土資源、動物及び環境保護に関心を持ち、そしてそれらを守る民間組織及び個人への攻撃及び迫害をやめること。
1958年に冤罪を被った「右派」と彼らの家族の陳情活動への抑圧及び攻撃をやめ、正義を果たすこと。
北京五輪が終わった後、言論の自由、報道の自由、結社の自由を享受したことがある人々は、仕返しや「後の総決算」をしてはいけない。
以上の要求は、すべて中国今の憲法に定められている公民に与えられた合法的権利に従うものである。公民は恐れがなく彼らの合法的権利を行使できる状態であれば、初めて北京五輪が順調に進めることができる。
これは、我々は中共政権が民族主義の看板を掲げ、国情を顧みず、強制的に五輪の開催を推し進める状態の下で、主張した最も基本的な人権の要求である。もしも、中共政権は民意を顧みず、独断専行し、国際社会を騙しつつあり、中国の民衆を愚弄し、世論を欺き、かつて気ままにすれば、我々は中国国民の根本利益によって、「中国にとっては五輪の必要がないが、最も必要なのが人権と民主だ」と公に叫ばなければならない。
政治組織そしては、公に自分の立場を表明するのが、歴史に対する責任の現れである。無数の中国国民生存現状に対して責任を取るために、中華民族の根本利益のために、我々は千古の汚名を背負っても、決して良知と道義を失ってはいけない。血まみれの政権が自らの統治基盤を固めるために開催する北京五輪に対し、我々は勇気を持って「ノー」と言わなければならない。
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我々は、この立場を賛同するあらゆる組織と個人がこの呼びかけを連名するよう、呼びかける。あなたはネットに上って貴方の意見を発表してください。 署名のサイト:http://www.qian-ming.net/gb/ 或は、直接我々に電子メールを送ってください。 中国自由民主党のメールアドレス: |